2008年08月29日

ザ・ルーツ

雨音を聞きながらブログをしたためるとします。
アランスミシーバンド、かっしーです。

奈良の中学に通い大阪の高校に入学し、京都の大学へと進んだ僕は
大学時代、約2時間かけて奈良から京都に通っていました。
「通学は中途半端に長いよりうんと長いほうがいい」という独自の理論を発見し、電車の中でありとあらゆる活動をすることで異常に充実したトレインライフを送っていました。音楽、読書、睡眠、思考、人間観察。。。電車は発見の宝庫です。

ラブハンドルズ若林氏は当時「洋楽って何」状態ということでしたが僕は全くの逆で、邦楽とは?という状態でした。Cheap Trickとビートルズを友人に中学時代刷り込まれ、高校でイーグルスとスプリングスティーン、マシュースウィートという王道路線にどっぷりと浸かっていた僕は、同じ洋楽志向と言ってもサンタラの二人が挙げた様にCSN&Yやマリアマルダーなどを愛でるツウなレベルには至っておらず、クラブでも、完全なるロックナンバーをいかにしてカントリー風にプレイするか、というちょっとずれた試みを繰り返していました。

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マシュースウィートや、バングルス、若林氏前述のソウルアサイラムなど、なんでそれを。。。という選択ばかりしていて、本来のブルーグラスからはほど遠いところに居たのです。


しかし、引退するころになって、クラブ内で遊びで組んだバンドで、ふいにGarth Brooksのもろカントリー曲「Callin' Batonrouge」という曲をやったとき、歌詞を見てすいすい歌えない自分に気付きました。なんだ、この詞の乗せ方。。。なんだこの歌い回し。。。なんなのこの声の抜き方。。。

3年もアメリカンフォークソングクラブというクラブにいて、カントリー音楽に初めて真正面から対峙した瞬間でした。これをきっかけにカントリー、ブルーグラスを聞いてみようと思ってみた時には引退、というなんとも皮肉な結果になったのです。

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その後貪り食うようにブルーグラスを集中的に聞くのですが一番よくきいたのはAlison Krauss とかKathy Kallick, Tammy Fasseartでしょう。
Tammy Fassaert のJust Passin' Throughなど超名盤なのでジャケット載せようと思ったらAmazonにジャケット写真もない!

大学生活も終わり、留学して帰ってきた僕はアランスミシーバンドを結成する訳ですが、振り返ってみると、自分たちがバンドで奏でてきた音楽っていうのは10代で染み込んだ王道的要素と、20代で浸かったカントリー&ブルーグラスが融合されているような気がするし、そういうようなコメントをくれる人が多い。

そういえば結成してまだ3年ぐらいのとき、以前ちらっとブログに書いた大阪のネストサルーンというライブハウスが閉じる時、最後だし記念に。。。と思って最後のネストでのライブを見に行ったことがあった。そのとき超満員の中でライブをしていたのが、ラブハンドルズだ。

その時若林氏と自分のつながりなど知る由もなくまさか数年後にこうして同じステージで共演することになろうとは思わなかった。
そして、今年のミナミホイールも同日ではないか!


く、クロッシング!




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2008年08月26日

記憶をひも解く

ども、再びラブハンドルズ若林です。

先日は自分がギター持って歌い始めた頃の気になる隣の部室の人々や、地元尼崎で「大学ってなんじゃーい!」ゆーてひたすらコンビニバイトと音楽制作に明け暮れる天パなブルースマンとの出会い等について語りましたが。今夜はもう少しつっこんであの頃の記憶を辿ってみよう思います。

僕が大学入学の頃、尼(尼崎)で出会った天パ(天然パーマ)溝下はすでにライブハウスでオリジナル曲をバンドでやってたので、それをこっちが観に行ったり、覚えたてのギターを引っさげて夜の街で歌い始めたこちらの様子を溝下がチラッと見に来たりな感じの中で「二人でやってみっか!」的な話になり、ラブハンドルズが産声を上げたのです。

尼の小さなアトリエで、しこしこデモテープを作り始めたのです。
で、僕が通ってた外大で、部室がお隣な外大のアメリカンフォークソング部は定期演奏会やら学祭やらで、たまにコンサートとかやってたわけです(もちろんアランスミシーもサンタラもまだ存在しない頃です)。

それをまぁーマメに観に行ったですよ僕は。
で、そこで見つける訳です。最初の衝撃は田村キョウコの歌でしたね。

「この子ぁ絶対プロになる。絶対なるね」とかぶつぶついいながら見てた。
で、今思えばその時、他の人が歌ってはった曲で特にハッと思ったのが今思えばカッシー先輩の歌うソウルアサイラムの「Runnaway Train」やったのです!

そのころの自分はまだまだ音楽的な幅なんて持ち合わせている訳がなく(リフティングは上手かった)、洋楽なんて「ボブ?ピートルス?」だったわけです。

その扉をひらいてくれたのが彼らアメリカン〜部だったのかも知れんなー今思えば。
あ、思い出した。中でも田村キョウコ歌うショーンコルビンの「Sunny Came Home」も
「洋楽もなんかええやん!」と思わせてくれた曲で今でも大好きな曲の一つ。

余談だが、その頃の僕がどれくらい洋楽にうとかったかというと、例えば現アランスミシーバンドのカッシーさんが歌い、僕の「洋楽ベストヒット」では今でも上位からは絶対外せない上記の「ラナウェイトレイン」なんて、カッシーさんの歌で聴いてからCDを手に入れるまでに実に2年程かかった記憶がある・・。

たまにラジオで聴いた。「あ、アメリカン〜部の人が歌ってた曲や!!」と思ってラジオDJが曲終わりにバンド名と曲名を言うのだが、自分のリスニング力も手伝って、、「お送りした曲はソラサレムのラナウェイトレインでした!」??・・
誰?今誰ゆーたー!?ソラサレム?ソラソロム?? なんて〜??・・ 

ここまで来るとあんた何大学や?てな次元だが、ほんまにそれぐらい好きになった曲だったのです。でやっと実物にたどり着いたのが約2年後位。梅田のタワレコで。。

砂田氏の記憶はギターのほうですね。器用に弾きはるなー。。みたいな。

でまぁそんな中、自分としては何とか彼等と接点を持ちたい!てな願望が沸き上がっており、確かサンタラが始まるかどうか?ぐらいの頃、田村キョウコに「ギター屋」を聞いたり、「こんなんやってます」。て勝手にラブハンドルズのデモテープ渡したり「無理矢理知り合いになろう作戦」が始まっていったのですなー。 
怪しかったやろなー、、自分。


いやしかし気になるとはいえ遠目から見ていたアメリカン〜部のコンサートでラナウェイトレインを歌ってたのがアランスミシーバンドのカッシー先輩やった!?ってことを、失礼ながら今回イベントをやるにあたって初めて知った私。本当に失礼ながら個人的にはとても嬉しい再会なのです。ミラクルです。

ライブで歌ってくれんかな〜・・・

ラナウェイトレイン(アランのカッシーさん)、Sunny Came Home(サンタラ田村)

そんなんあったら若林、確実に失禁です。

では今日は代官山でラブハンライブ行ってきます!

                ラブハン     ワカ
posted by Crossing Point at 02:09| 兵庫 ☁| Comment(2) | ラブハンドルズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月21日

曲で振り返るたむら

皆さまようこそ特設blogへ。
サンタラ 田村キョウコです。

サンタラ、アランスミシーバンド、ラブハンドルズ
この三組の出会いっていうかすれ違いっていうかそのあたりは
それぞれのメンバーが初回に書いてくれてますので
それは彼らに預けるとして
私は私自身が音楽という非日常を日常としてしまった
その顛末を「思い出の一曲」「思い出のアルバム」とともに書いていこうと思います。

大学にてアメリカンフォークソング部(通称アメ民)に所属するまで
音楽とは無縁でした。
思いっきり庶民な親の期待を背負って3歳でピアノを始めたものの
まったく興味が持てず、小学校にあがる頃には辞めてしまっていたし
学校の音楽実技のテストなんて
歌が上手い方が恥ずかしいと思って
教科書に載っている一番短い曲すなわち「君が代」を選び歌った記憶があります。
ただ短いというだけの理由で「君が代」を選ぶ
幼い私のノンポリさに腹が立ちますが、もう大人なので笑って忘れることにします。

さて、思春期は誰だって音楽を楽しみます。
いくら私でも例外ではありません。
サザンオールスターズが大好きでした。
当時のサザンは
今現在のお年寄りから子供までといった国民的大スターの雰囲気ではなく
あくまで大人のバンド。
クラスの友達にファンはいなかったように思います。
私にサザンを教えてくれたのは親戚の姉ちゃんで
特にファーストアルバム「熱い胸さわぎ」は今でも愛聴しておるよ。
桑田メロディーにはふんだんにブルースフィーリングが盛り込まれていて
子供ながらにそこんとこをかっこいいと思ったものです。一曲なんて選べない。全部いい。
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高校に入ってからは
実家近くにある米軍基地のラジオをよく聴いていました。
なぜならうちの背後には山があって国内放送の受信状態が悪かったからです。
学校から帰ってなにげなくラジオをつけると
その時間ちょうど放送していたのが
50年代〜60年代のヒット曲で
まるで映画「STAND BY ME」のような音楽がかかっていました。
その影響で一番好きだったアルバムは
「American Graffiti」のサントラ盤です。これも今でもよく聴く。
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もちろん並行してアイドルやその時々にヒットしていた曲だって聴いてたわけですが
流行っている時期を過ぎれば忘れてしまう。
今思えば上記二つの要素が私の音楽的ルーツの一部であります。

さて大学入学直後
クラブ見学会でかっしー先輩率いるアメ民部員の演奏を見て衝撃。
(アメ民に関しては以前の記事をごらんください)
「3週間でギター弾けるようになるよ!」と言われてに入部した私ですが
当然ながら3週間でギターが弾けるはずもありません。
我々新入生がうすうす騙されたことに気付く時期には
学内デビューライブという身の毛もよだつ通過儀礼が予定されており、
そのためとりあえず必死に練習するわけで
このクラブは新入生が辞めようと思う一番最初の機会を逃す仕組みになっておるのです。
そしてこの通過儀礼ライブを経験することによってバンド内の結束は固くなり
それによって余計に辞められなくなります。
そのうちギター買うのについていってやると言われ、まんまとギターを買わされる。
そして気付いた頃にはルーツミュージックとクラシックロックの泥沼にどっぷり浸かってしまう。
というわけでかっしー先輩達は我々を言葉巧みにを騙して入部させ
小粋な演奏を繰り広げ、思い出を植え付けて
その挙句「がんばれよー」と言い残しあっという間に引退していきました。
「ひどい!」
取り残された我々後輩は、その腹いせに、翌年春
「ギターは3週間で弾けるようになるよ!」と新入生を勧誘したのです。
その頃一番よく聴いたアルバムは
Maria Muldaurかな。名盤です。邦題は「ミート・ミー・アット・ミッドナイト」
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ちなみにかっしー先輩の引退後、一時持ち直していたと言われていたアメ民の風紀は
サイクロンのように乱れました。
我々部員は魔窟(クラブBOX)に入りびたり
日々、生まれる前の時代の音楽を聴き狂い、必要以上に歌いギターを奏で、
酒を飲み吐き踊り、ホカ弁の食べ残しを撒き散らし
火をたき時には花火を打ち上げ、
恋が生まれ破れ、ケンカし仲直りしてテストを逃して留年する者が続出し
周囲の人間には「妖精」「最後の無頼」「デスペラード」と揶揄される自堕落な学生生活を送っていました。
その頃一番聴いたのはCSNYの「デジャヴ」かBob Dylanのベスト盤。
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しかしそんなアンタッチャブル達にも容赦なく世間の荒波が押し寄せます。
彼らは泣く泣く楽園(魔窟)を後にし、就職、留学などそれぞれの道を歩みはじめました。
が、残念なことに私は筋金入りの妖精、言うなれば妖精の親玉だったので
やはり音楽をやめることはできなかったのです。
ギターが上手だった砂田くんもリアル妖精だったようで、
互いの利害関係が一致して
サンタラとなっていきました。
早く人間になりたい。
その頃ラブハンドルズのデモテープを若林さんにもらって触発され
オリジナルを作る事により力を入れました。

そのうち自主制作していた音源が業界関係者の耳にとまり
なんだかデビューが決まりました。
その頃かっしー先輩は帰国してバンドを作ったばかりで
先輩の声がまた聴けて、初期ファンとしては嬉しかったものです。
ルーツミュージックで燻製されたようなサンタラの音楽は珍しがられ
京都を飛び出して色んな方々に愛されて今に至ります。ありがとう。
でももっと可愛がられたらいいのに、と思います。

8/24今週の日曜日は久しぶりに思い出たっぷりの京都でライブです。

ではまたね。
posted by Crossing Point at 21:46| 兵庫 ☀| Comment(3) | サンタラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月19日

バーガーショップセッション

さてさてまた再びアランスミシーバンドのかっしーです。
想い出話に花が咲きつつありますが、引き続き過去を赤面しつつ思い出しながら書いてみたいと思います。

音楽聞く人は皆そうだと思いますが、音楽と想い出というのは深く繋がっていますよね。これは僕の友人の話ですが高校生の時、初めての彼女の誕生日プレゼントとして、熟考した末に購入した巨大なぬいぐるみを満を持して渡したところ受け取りを拒否され、その際にムード作りに流していたホテルカリフォルニアが沈黙の二人を覆う様に延々と流れ続け、そのトラウマティックな想い出は今もこの曲を聴く度に鮮明に浮かび上がるとの事です。

あんまり関係ありませんが。

さてさて先述したアメリカンフォークソング部時代、カバーばかりを演奏していた僕には思い入れの強いカバー曲がいくつかあります。そこで、これまでのサンタラとの想い出深い曲を探してみました。

<It's So Easy / Linda Ronstadt>
クラブ時代の田村キョウコの曲と言えば僕の中ではコレです。
既存曲のカバーというのは、言い換えれば「それ、ほんまにあんたが歌わなあかんの?」という問いが出るか出ないか。それだけだと思います。
この曲など、初めて聞いたのが田村キョウコバージョンなので、オリジナルよりなじみ深いぐらい、自分のものにしていて、それはもう、憎らしかった。。。!

ちなみに余談ですが、僕はこれをきっかけにリンダロンシュタットに興味を持ち、数年後CD店で何も確かめずにベスト盤を買ったらオリビアニュートンジョンだった(名前のリズムが似ていて(?)だまされた)という忌まわしい記憶があります。

<Going back to Georgia / Nanci Griffith>
月日は流れ、サンタラとアランスミシーバンドとして初めての共演をしたのが、今は亡き大阪心斎橋のネストサルーンというライブハウスでした。
せっかくだからなんかやりましょう!という砂田氏の呼びかけで、なぜか二人とも何の迷いもなくこの曲を選んだのは非常に不思議でした。

リハをする時間がなくて、隣のバーガーショップでサンタラと練習。さぞ不気味な光景だったと思います。そして驚くなかれ。雑音とともにお楽しみ下さい。
その貴重な音源が。。。。

コレだ。  ワンツースリー



<Love Me Like a Man / Bonnie Raitt>
アランスミシー主催で開催したアコースティックイベントにゲストで出演してもらった際に実現したアランスミシーバンド+サンタラという形のセッション。砂田氏のアコギとヨウジ氏のギターも共演し、個人的に凄く想い出深いセッションです。

まだまだ挙げればキリがないのですが、カバーすることで鍛えられた我らにとってはこういった曲すべてが微妙に自分の創作に影響してるのではないかと思う次第です。今回のCrossing Pointでも、ラブハンドルズ、サンタラ、アランスミシーバンドという3組で何かいっしょにやれたらなぁと思っています!

ご期待ください!

 

posted by Crossing Point at 23:55| 兵庫 ☀| Comment(0) | アランスミシーバンド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月16日

本日前売りチケット発売&予約受付開始!

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お待たせいたしました!
本日、神戸と吉祥寺2公演の前売りチケット発売です。
予約も受付開始しました。
お早めにお求め下さい!

【ライブ詳細】
Crossing Point
Presented by サンタララブハンドルズアランスミシーバンド

2008年 9月26日(金)
神戸チキンジョージ
前売¥3,000円/当日¥3,500(Drink代別途) 自由席
OPEN/18:30 START/19:30
前売予約受付(チキンジョージHPからのメール又は電話予約)
チケットぴあ(Pコード 301-086) ローソンチケット(Lコード56289)
お問い合せ:神戸チキンジョージ TEL:078-332-0146 

2008年10月4日(土)
吉祥寺STAR PINE'S CAFE
前売り¥3,000/当日\3,500(drink代別途) 自由席
OPEN/18:00 START/19:00
スターパインズカフェHPでのメール予約&店頭販売(整理番号有り)
メール予約:http://www.mandala.gr.jp/spc/ticket/yoyaku.html
入場整理番号:
1)スターパインズカフェ店頭売り:No.1〜
2)スターパインズカフェHP予約(当日、チケットを引き換えた順で入場整理番号を配付)
問合せ:STAR PINE'S CAFE´ TEL:0422-23-2251
posted by Crossing Point at 18:26| 兵庫 ☁| Comment(0) | Crossing Point事務局 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月14日

エセ学生

ども、ラブハンドルズの若林です。ボーカルです。

今回Crossing Pointてなイベントをやることになり、どうせなら期間限定ではあれブログでも!てなことになり私の番なのです。

まず、なぜラブハンが今回このイベントに混ぜてもらえることになったか?ですが、すでにアランスミシーバンドのカッシーさんや、サンタラ砂田氏が述べているように、彼らと同じく僕もその昔、京都の某外国語大学に通っていたのです。
尼(尼崎)から。

そもそも幼い頃から自分はサッカーをしていた。大学選びも、「何となく英語が好き」ってのと、「サッカー部がいい感じかどうか?」だけで選んだ。
で、偏差値的には全く足りんはずやったのになぜか受かったのがこの京都の某外大やったのです。

歳の頃なら18歳。高校の卒業式も終わり、すでに外大サッカー部の見学を事前にすませていた自分は入学式を待たずしてすでに練習に加わっていた。
それぐらい蹴球が好きだった。きっかけはキャプテン翼とマラドーナ。マラドーナのリフティングを見た時の衝撃たるやあなた、、芸術ですよあれは!!まずボールのタッチが他の選手とはちゃう!

・・あかん。こんなとこから話してたらただの「若林の青春ブログ」になってしまう。
端折っていこう。 

で肝心の音楽の方はと言うと、この頃の自分は確か
高校3年の頃に友達から借りて見た長渕剛のライブビデオに強烈な空手チョップを受け、
「アコギってええやん!歌うってなんかええやん!」とまぁその他大勢の方々と同じような初期衝動で、単純に弾き語りにハマっていき始め、サッカーするかたわらでポロンとアコギをつま弾き始めた訳です。 

そんなこんなで始まったキャンパスライフですが、今振り返るとほんまにアホやったなー、、と思う。「大学に行く意味」を完全にはき違え、サッカー部で球を追いかけ、時間を見つけては覚えたてのギターをポロリン。。 

外人講師を見ては「あ、たかじんや!」「なんでやねん、外人や・・」「いゃどぅ見てもたかじんやろ!」「やからガイジンやゆとんねんっ」(当時外大には、たかじん似の白人講師がいたのです)。とか友達とアホな話しながら授業中は寝てたのです。。

そしてそんなエセ学生生活を送りつつ大学生活も半ばにさしかかった頃、
自分の中にある変化が起こったのです。

あれだけ情熱を注いでいた「サッカー」に負けず劣らずな勢いで「歌熱」が高まって来たのです!?(体育会系バリバリの大学サッカーが肌に合わず入部1年で辞めたからとの噂有り・・)

今思えばその「歌熱上昇」の原因の一端となったのは確実に地元尼崎での「溝下」という男(今の相方)との出会い、そして何の偶然か部室がサッカー部の隣にあった「外大アメリカンフォークソング部」との出会いなのです。

外大サッカー部時代、うちらが練習するグランドに向かって、まさに自分がハマり初めていたアコースティックギターを首から下げて何やら英語の歌を歌いまくっている集団がいた。

何を隠そうそれが現サンタラの二人、そしてアランスミシーバンドのカッシー先輩所属する「外大アメリカンフォークソング部」だったのだ!?

あぁー、色々思いだして来た。書きたい事いっぱい出て来た、、
でもとりあえず1発目。このあたりで。      アディオス!

               ラブハン  ワカ

posted by Crossing Point at 02:16| 兵庫 ☁| Comment(2) | ラブハンドルズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月11日

京都での出会い

サンタラすなだです。
思い出しながら書いてみます。
キリがないのでなるべく手短にするつもりだけど、どうなるにゃら・・・

音楽に目覚めた十代のぼくは
中学〜高校と学校ではパンク・ガンズなどをレパートリーとするお笑いバンドで遊び
家に帰れば歌本とアコギで尾崎・長渕といういわゆる雑食ぶり。
アルフィーも好きで、特にラジオなどで生演奏されるCSN(&Y)やサイモン&ガーファンクル、アメリカなども
気になりつつも情報を得られないという状況で過ごしてきました。

そしていわゆる合法的家出、大学進学を果たし京都へ。
キリがいいんだか悪いんだかよく分からない平安京遷都1200年記念という強引なお祭り気分の残り香が漂っていたなー。

入学するとすぐにクラブ紹介なるものが催され、
前の記事で出てきたアメリカンフォークソングクラブを知ることになります。
そこでは興味はあるのに知ることのできなかったいわゆる60年代のアメリカンミュージック(CSN、S&Gなど)に加え
聴いた事もなかったブルーグラス、ブルース、カントリー、その他グッドタイムミュージックの生演奏。
それも上手い。
衝撃でした。

これはおれも入らなければいけない。とは思ったものの、
若気の至り、練習時間の厳しさなどが気になりいわゆる新入生歓迎の時期の入部を逃し
悶々とした約一年間を過ごすことになります。

その後意を決して入部したのですが、
当時の部長が現アランスミシーかっしーさん、そして同級生の中でも特別ふてぶてしい田村キョウコがいました。
かっしーさんはアメリカンロック〜カントリーをレパートリーとし、いわゆる本格派歌唱、ものすごい声量。
さすが大学生と思いました。

話は変わりますが、ラグビーには日本選手権というのがあります。
今でこそ差はついてしまいましたが、当時大学生チームが社会人チームに勝つことも多く、
日本代表の中にも大学生選手が数多くいました。
高校時代ラグビー部だったぼくはその事実を「大学生=おとな=プロも食う」と認識。(今もあながち間違っていると思っていない)

まさにそれを地で行っていたのがかっしーさんの歌唱。
とにかく目立つ歌。クールな佇まい。

田村もそうでした。
今まで歌もそこそこ歌える気でいた(恥ずかしい)ぼくはたちまち自信喪失したのでした。

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クラブ内ではバンドを組んで活動するのが基本。
かっしーさんはクラブを引退し、バンドを解散し留学。

そう、外国語大学だから留学する学生が多いんです。
田村もぼくもクラブ内でそれぞれバンドを組んでいましたが、
留学、引退、就職活動、言えない理由、飽きちゃった、など様々な理由で周囲の人間は離れていきました。

残った者同士でバンドを作った時(初めて田村と同じバンドをやることに)すでにクラブは引退していたため、
ライブハウスへと飛び出していきました。

ライブ会場では健気にアンケート用紙を配布し
その日のライブの感想などを募っていたのですが、必ず用紙を回収するとある名前が。
姿は見たことがないが、ほぼ100パーの出席率。
その名は「若林利和」(ラブハンドルズ)
posted by Crossing Point at 22:25| 兵庫 ☀| Comment(0) | サンタラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月09日

アランとサンタラ

アランスミシーバンドのボーカル、かっしーです。
普段人は僕の事を「ヒデ」と呼ぶ人も多いですが、ここではかっしーとします。
なぜなら、このブログではきっとそう呼ばれるからです。

ちうことでトップバッター、アランスミシーかっしーの目からみた「なれそめ」です!

僕らは京都外国語大学ということろで出会いました。
中学はテニス、高校は自転車競技部とスポーツをやっていた僕は、大学入学と同時に何かクラブに入ろうと思い立った訳ですが、今思うと何をどう思って突如そのクラブに入ったのかわかりません。

アメリカンフォークソングクラブ。

なんとなく名前が落ち着いた感じでよかったのと、年代がばれますが当時は空前のクラプトンのアンプラグドブームで、洋楽が好きだった僕はふと吸い込まれる様に部室見学にいきました。入り口のところに「アメリカ民謡研究会」と書いてある古びた看板があり、ははあ昔はこう呼ばれてたのかと思いつつ、そのネーミングにちょっと引いたのも覚えています。あと余談ですがその時同じ様に見学に来ていたSという新入生に、僕が「どうするん?はいるのん?」と聞いたら「いや、おれボディービルかここにするか迷ってるんよ」と言われ全く意味がわからなくて呆然とした、という記憶も付け足しておきます。結局このSとはその後入部以来ずっと同じバンドを組むわけなのですが。

本来はブルーグラスのようなルーツ音楽をやるクラブだったのが、だんだん音楽性が広がって行き、「とりあえず洋楽(カバー)をアコースティックでやってたら基本オッケー」という割に自由なスタンスのクラブでした。

貴殿の自伝などどうでもいい!という方、お待たせしました。ここでサンタラが出てきます。それは僕がこのクラブに入ってすでに3回生となったときです。今度入ってきた新入生にとんでもないのがいたのです。

それがあの田村キョウコでした。

声の出し方から音色から歌い回しから、マーなにしろとんでもない。本人はまるで意識してる様子もなく、いわゆる天性のモノで、嫉妬すら感じました。

「あ、歌手ってこういう人がなるんや」と心の中ではっきりと思ったのを覚えています。だから僕にとっては、今のサンタラ田村キョウコ、つまり歌を仕事にしているというのは当たり前の顛末なのです。

そして、砂田和俊。僕にとって衝撃の想い出があります。
それは、引退の時。といっても、自分の引退の時ではありません。
このクラブでは、3回生が引退するとき(クラブ活動は3年で終わりだったので)、2回生がオリジナル曲を作って全員で歌って送るという、学生らしい素敵な伝統がありました。普段カバーしかやらないこのクラブにおいて、オリジナルをやるというのは非常に大きい意味を持つことでした。
僕の引退の時はもちろん一年下の代がそれをやってくれました。曲に感動して、涙の引退だったのを覚えています。

そして、その僕の一年下の代が引退するとき、つまり田村&すなだの世代が送る立場だった時です。僕はすでに4年生OBでしたが、そのシーンを見ていました。

そのオリジナル曲を聞いて、僕はすでに部外者になっていたというのに、もう全身鳥肌が立つぐらい感動したのです。いや、むしろその瞬間なんやったら鳥になってたかもしれんというぐらいです。

その曲の作曲者が、すなだ氏だったのです。

それからずっと後、ちょうど僕もアランスミシーバンドで動き始めたころです。風の噂にサンタラのことを聞き、それが田村&すなだの組み合わせと聞いた時の僕はこう思いました。。。


「はやめに潰しておかねば。。。!」


というのは冗談ですが(というかこっちが潰される立場(笑))
とにかく余りにパーフェクトなコンビネーションであることは今さら僕が述べるまでもなく皆さんがご存知の通りです。


あれ?ラブハンドルズは?と思ってる方、驚くなかれ。
ラブハンドルズ若林氏は、なんと僕らが部室から目の前のグラウンドめがけて歌っている時、そのグラウンドでサッカーをしていたのです。。。!









posted by Crossing Point at 23:59| 兵庫 ☁| Comment(0) | アランスミシーバンド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月06日

改めて紹介!

Crossing Point事務局です!

このサイトをご覧になるということは、すでに知ってる、という方もたくさんいらっしゃると思いますが、3アーティストのうち誰かからたどり着いた、という人も多いはず!

ということで、一度ここでCrossing Pointを飾る3アーティストについて紹介したいと思います!

すでにトップのところでも書いていますが、この3アーティスト、全く関係なさそうで実は深い繋がりがあるのです。サンタラ、そしてラブハンドルズのVo.若林氏とアランスミシーバンドのVo.ヒデ氏は同じ京都外国語大学という大学にかつて通い、同じ空間にいたのです。

そんな彼らがミュージシャンとなって再会し、このCrossing Pointを企画しました。このブログでは、本番開催までの期間、彼らがそれぞれの青春時代、今日までに至る色々な出来事を赤裸々に(?)綴っていきます!


サンタラ
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サンタラとはヒンドゥ語で「オレンジ/柑橘類」の意味。2004年1月シングル『バニラ』でメジャーデビュー。全国のFMで大量にオンエアされ話題になる。アコースティックサウンドをベースにしながらもステレオタイプな男女ユニットのイメージとは一線を画す尖った個性が持ち味。全国ツアーやFUJI ROCK FES.などのイベントに多く出演、ライブパフォーマンスを通して、多くのリスナーを獲得。2008年1月『Hey,Romantist!』『High&Low』を同時リリース。

ラブハンドルズ
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Vo.若林とGu.溝下が兵庫県尼崎で出会い1999年ラブハンドルズ結成。 2002年「月がきれい」でメジャーデビュー。以後シングル4枚、アルバム1枚リリース後メジャーを離れ独立。2006年自主レーベル「フラミンゴ商会」の設立と共に2ndアルバム「風街ラマン」をリリース。地味にロングセールスを記録中。 現在は東京を拠点に活動中。ライブ活動を軸にマイペースに活動を続けるも2006〜2007年にかけては年に絢香ツアーサポート(若林)や織田裕二はじめ他アーティストへの楽曲提供(溝下)等それぞれ多方面にも顔を出す。様々なミュージシャンとの交流の中、ラブハンドルズとして今後増々の飛躍が期待されている。


アランスミシーバンド
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関西出身4人組ロックバンド。ロックの中にどこかカントリーやブルースの要素を残した、土臭くもあり懐かしい絶妙なサウンドは必聴。特に英語曲は、どこの洋楽バンドかと思うほどのインパクト。それもそのはず、 Vo.ヒデは洋楽を愛するあまり渡米、米国大学院で言語学を修了した経歴の持ち主。2007年に「Grayout」をリリース、昨年はMINAMI WHEEL EXTRAでのなんばHatch出演も果たし、益々勢いに乗る注目バンド。


まだまだ短いプロフィールでは書ききれない魅力がこのアーティストたちには詰まっています。また折をみて事務局が紹介していきますので、お楽しみに。


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2008年08月01日

Crossing Point開催決定!

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皆様、はじめまして。Crossing Point事務局です!
9月と10月に神戸、東京で開催します一大イベント、Crossing Pointを盛り上げていこう!ということで期間限定で立ち上げたこのブログ、皆さんに「待つ楽しみ」を味わってもらえるよう騒いでいきたいと思います!よろしくお願いいたします。

【Crossing Pointとは?】
一見共通点のないように見える3アーティスト、サンタラ、ラブハンドルズ、アランスミシーバンド。実は皆、青春時代を同じ京都外国語大学というキャンパスで過ごしていた。それも、同じ時期に。
卒業後、それぞれが歩んできた道が一つの交差点(Crossing Point)に交わるように、この3つのアーティストが、神戸と東京での2回公演を実施することが決定。他のライブでは見れない彼らの素顔が見れる特別なライブになること間違いなし!


チケット予約は8月16日(土)です。予約はお早めに!
チケットに関するお問い合わせは、下記の会場への直接お問い合わせはもちろん、このブログへのコメントでももちろんOKです!


【ライブ詳細】
Crossing Point
Presented by サンタララブハンドルズアランスミシーバンド

2008年 9月26日(金)
神戸チキンジョージ
前売¥3,000円/当日¥3,500(Drink代別途) 自由席
OPEN/18:30 START/19:30
前売予約受付(チキンジョージHPからのメール又は電話予約)
チケットぴあ(Pコード 301-086) ローソンチケット(Lコード56289)
お問い合せ:神戸チキンジョージ TEL:078-332-0146 
前売りチケット発売中、予約受付中

2008年10月4日(土)
吉祥寺STAR PINE'S CAFE
前売り¥3,000/当日\3,500(drink代別途) 自由席
OPEN/18:00 START/19:00
スターパインズカフェHPでのメール予約&店頭販売(整理番号有り)
メール予約:http://www.mandala.gr.jp/spc/ticket/yoyaku.html
入場整理番号:
1)スターパインズカフェ店頭売り:No.1〜
2)スターパインズカフェHP予約(当日、チケットを引き換えた順で入場整理番号を配付)
問合せ:STAR PINE'S CAFE´ TEL:0422-23-2251
前売りチケット発売中、予約受付中

posted by Crossing Point at 15:58| 兵庫 ☁| Comment(0) | Crossing Point事務局 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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